大判例

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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)139号 判決

東京都中央区京橋1丁目10番1号

原告

株式会社ブリヂストン

同代表者代表取締役

海崎洋一郎

同訴訟代理人弁理士

内田明

萩原亮一

安西篤夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

佐藤邦彦

近藤兼敏

後藤千恵子

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第15555号事件について平成8年3月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年10月5日、名称を「タイヤトレッドゴム組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和59年特許願第208305号)をしたところ、平成5年7月6日に拒絶査定を受けたので、同年8月5日に審判を請求し、平成5年審判第15555号事件として審理され、平成7年5月1日に出願公告(平成7年出願公告第39510号)されたが、平成8年3月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月12日に原告に送達された。

2  本願発明の要旨

炭化水素溶媒中、有機リチウム化合物を開始剤とする重合反応により得られるビニル芳香族・ジエン共重合体であって、31~50重量%の範囲内の結合ビニル芳香族化合物を含有し、かつ40~59%の範囲内のビニル結合ブタジエン単位を含有する、ビニル芳香族化合物とブタジエンとの共重合体の単独またはその10重量%以上とジエン系ゴムとの混合物よりなるゴム分100重量部に対し伸展油50~200重量部の範囲内で配合することを特徴とする高性能競技用タイヤトレッドゴム組成物。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨

本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  先願明細書の記載事実

これに対して、本願の出願日前の出願であって、本願の出願後に出願公開された特願昭58-169318号(以下「先願」という。特開昭60-61314号公報参照)の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書」という。)には、次の記載がなされている。

「キャップトレッドゴムが全エラストマー成分100重量部あたりスチレン・ブタジエン共重合体ゴムを70重量部以上、およびカーボンブラックを90~300重量部を含有し、前記スチレン・ブタジエン共重合体ゴムは結合スチレン量が30~50重量%、ブタジエン部の1、2-ビニル結合含有量が10~50重量%、ムーニー粘度ML1+4(100℃)が60以上で、ガラス転移温度が-45~-10℃であり、かつ該スチレン・ブタジエン共重合体ゴムのうち35重量部以上が下記式〈省略〉(式中、R1およびR2は水素又は置換基を表わし、mおよびnは整数を示す)で示される原子団の少なくとも1個を炭素-炭素結合で分子鎖に結合させたスチレン・ブタジエン共重合体ゴムであり、前記カーボンブラックのI2吸着量が100~200mg/gであり、前記キャップトレッドゴムの加硫後の100℃における複素弾性率が2~5MPa、損失弾性率が0.2~0.6であることを特徴とする高速耐久性能が改善された空気入りタイヤ。」(特許請求の範囲)

「本発明は優れた運動性能を保持しつつ、タイヤ走行時の発熱を低減し、発熱に伴う従来タイヤの高速耐久性能の低下を解消した、ラリー、レース等の競技用タイヤとして利用できるタイヤに関する。」(1頁右下欄10行~14行)

「実施例 重合触媒としてn-ブチルリチウムを用い、溶液重合法で結合スチレン量40重量%のSBRを得た。重合反応終了後、そのまま凝固、乾燥させたSBRを調製すると共に、重合反応終了時点で、4、4’-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノンを触媒量の1.5倍モル加え、5分間攪拌し反応させた後、凝固、乾燥させて改質SBRを調製し対比実験に供した。得られたSBRおよび改質SBRを用い、下記第1表の配合のゴム組成物を密閉型混合機を用いて混練し、配合1および配合2のゴム組成物をキャップトレッドに用いた175/70HR13サイズのノーマルカーレース用タイヤを作成し、乾いた路面および濡れた路面でのスキッド性能試験および室内ドラム上での高速耐久性能試験を行なった。」(4頁右上欄8行~左下欄4行)

先願明細書には更に、配合の具体例として、改質SBR100部、亜鉛華5部、ステアリン酸3部、2種の老化防止剤計6部、カーボンブラック100部、アロマ系オイル60部、ナフテン系オイル20部、2種の加硫促進剤計2.3部及びイオウ3.05部からなるもの(第1表、配合2の欄)が記載され、上記改質SBRは、結合スチレン量40重量%、ブタジエン部のミクロ構造;シス:24%、トランス:40%、1、2-ビニル:36%ガラス転移温度-37℃、ML1+4(100℃)=80であること(表1の注)が示されている。

(3)  対比・判断

〈1〉 タイヤトレッドゴム組成物の用途について

先願明細書には、空気入りタイヤの発明と共にタイヤを構成するキャップトレッドゴム配合物(組成物)の発明が記載されているといえる。そして、該タイヤはラリー、レース等の競技用タイヤとして利用できることも明らかにされている。

してみれば、先願明細書には、高性能競技用タイヤトレッドゴム組成物の発明が記載されているというべきである。

したがって、本願発明で「高性能競技用タイヤトレッドゴム組成物」と規定したことによって、本願発明と先願明細書記載の発明が異なる発明を構成する、とすることはできない。

〈2〉 共重合体の取得手段について

(a) 先願明細書の実施例には、重合触媒としてn-ブチルリチウムを用い、溶液重合法でSBRを得たことが記載されている。ところが、一般に、n-ブチルリチウムを用いて溶液重合を行う際には、溶媒として炭化水素が用いられるので、先願明細書の実施例でも、炭化水素溶媒中で溶液重合が行われたとして差し支えない。

(b) また、先願明細書の実施例では、重合反応終了時点では、4、4’-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノンを加えて特定の原子団を分子鎖に結合しているが、n-ブチルリチウムを用いてスチレンとブタジエンの共重合を行う際には、反応の最終段階で所望に応じて改質ができることはよく知られており、改質されたSBRもSBRの範疇に属するものである。

(c) したがって、本願発明における「炭化水素溶媒中、有機リチウム化合物を開始剤とする重合反応により得られるビニル芳香族・ジエン共重合体であって、」との規定で表される共重合体は、先願明細書記載の発明のものと一致している。

〈3〉 共重合体の結合含有量について

先願明細書記載の発明のスチレン・ブタジエン共重合体ゴムは結合スチレン量を30~50重量%と限定されたものである。

また、スチレン・ブタジエン共重合体ゴムのブタジエン部の1、2-ビニル結合含有量について、実施例には36%のものが記載されているだけであるが、特許請求の範囲には、10~50重量%であることを明らかにしている。そして、先願明細書記載の発明でスチレン・ブタジエン共重合体ゴムのブタジエン部の1、2-ビニル結合含有量を「実施例」という一態様に限って解すべき技術的根拠はない。

したがって、本願発明の「31~50重量%の範囲内の結合ビニル芳香族化合物を含有し、かつ40~59%の範囲内のビニル結合ブタジエン単位を含有する、ビニル芳香族化合物とブタジエンとの共重合体」と限定した点は、限定範囲が先願明細書記載の発明と重複するため、本願発明でこの規定を設けたことによって先願明細書記載の発明と別異の発明を構成すると認めることはできない。

〈4〉 伸展油の量範囲について

(a) 先願明細書に記載されたアロマ系オイルは、本願発明で好ましい伸展油とされる芳香族油の範疇に属するものである。そして、先願明細書記載の第1表には、改質SBR100部に対して、アロマ系オイル60部とナフテン系オイル20部を配合した態様が開示されている。

(b) したがって、本願発明で「ゴム分100重量部に対し伸展油50~200重量部の範囲内で配合する」と限定した点で先願明細書記載の発明と別異の発明を構成すると認めることはできない。

(4)〈1〉  以上の検討結果から明らかなように、本願発明の構成要件は悉く先願明細書に記載されているので、本願発明は、前記先願明細書に記載された発明と同一であると認められる。

〈2〉  しかも、本願の発明者が先願の発明をしたものと同一であるとも、また、本願の出願時にその出願人が先願の出願人と同一であるとも認められない。

〈3〉  したがって、本願発明は、特許法29条の2の規定により、特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)〈1〉は認める。同(3)〈2〉につき、(a)は認め、(b)、(c)は争う。同(3)〈3〉は争う。同(3)〈4〉につき、(a)は認め、(b)は争う。同(4)につき、〈1〉、〈3〉は争い、〈2〉は認める。

審決は、先願明細書に開示された技術内容を誤認し、本願発明と先願明細書記載の発明との対比において両者の構成の違い及び効果の違いを看過した結果、本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(本願発明に係る共重合体が先願明細書記載の発明のものと一致しているとした認定、判断の誤り)

審決は、「先願明細書の実施例では、重合反応終了時点で、4、4’-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノンを加えて特定の原子団を分子鎖に結合しているが、n-ブチルリチウムを用いてスチレンとブタジエンの共重合を行う際には、反応の最終段階で所望に応じて改質ができることはよく知られており、改質されたSBRもSBRの範疇に属するものである。」(甲第1号証7頁2行ないし9行)と認定し、この認定を前提にして、本願発明における「炭化水素溶媒中、有機リチウム化合物を開始剤とする重合反応により得られるビニル芳香族・ジエン共重合体であって、」との規定で表される共重合体は先願明細書記載の発明のものと一致していると認定、判断しているが(同7頁10行ないし14行)、誤りである。

〈1〉 本願発明で用いるビニル芳香族・ジエン共重合体(以下「本願発明のSBR」という。)は、結合ビニル芳香族化合物含有量(以下「スチレン量」という。)を31重量%以上含有させ、ゴム分100重量部に対する伸展油を50~200重量部配合させたことにより、大きなヒステリシスロスを維持し、かつ、ビニル結合ブタジエン単位(以下「ビニル結合量」という。)を40%以上にすることにより、上記ヒステリシスロスの低下を抑制しながら、ブローアウト温度の向上を図った共重合体を競技用タイヤトレッドゴムに用いることを特徴とする。

一方、先願明細書には、「キャップトレッドのスキッド特性を向上させるためには・・・ヒステリシス損失を大きくするエラストマーを使用する必要がある。」(甲第3号証2頁左上欄10行ないし13行)と記載し、ヒステリシスロスを大きくする必要性が強調されているが、「本発明の実施例におけるキャップトレッドゴムは、比較例である従来タイヤのそれに比較して損失弾性率が低いレベルにあり、低発熱化されていることが理解でき、キャップトレッドゴムの低発熱化がタイヤの高速耐久性能の向上につながっていることは明らかである。」(同5頁左下欄1行ないし7行)と記載されているように、先願明細書の特許請求の範囲記載の発明(以下「先願発明」という。)で用いるSBR(ビニル芳香族・ジエン共重合体)は、SBRをベンゾフェノンで改質することにより、損失弾性率を低いレベルにすると共に、実際にはヒステリシスロスを低下させることにより、タイヤの高速耐久性能を向上させたものである。

ここで、ヒステリシスロスの大小は、tanδの大小に対応するものであるが、先願明細書の第2表掲載の複素弾性率、損失弾性率より動的弾性率(貯蔵弾性率と同義)を求めて、tanδを計算すると下記のようになり、ベンゾフェノン改質により、tanδが小さくなり、ヒステリシスロスが低下していることが理解される。なお、ベンゾフェノン改質を行わない本願発明では、ヒステリシスロスが低下することはない。

配合1 配合2

複素弾性率 3.0 3.2

損失弾性率 0.45 0.32

動的弾性率 2.97 3.18

tanδ 0.152 0.101

このように、本願発明のSBRと先願発明のペンゾフェノン改質SBRとは、ヒステリシスロスについて全く逆の方向を目指すものであり、かつ、ブローアウト温度の向上と低発熱化という目的においても明確に区別されるものである。

〈2〉 本願発明は、SBRのスチレン量を高くし、かつ、伸展油を大量に配合することにより、大きなヒステリシスロスを維持し、さらに、破壊強度を損なわない範囲で高いビニル結合量を含有させることにより、SBRのブローアウト温度を向上させたものである。

一方、先願発明は、特許請求の範囲に記載のように、特定のスチレン量と特定のビニル結合量を有するSBR70重量部以上のうち、35重量部以上という大量のSBRをベンゾフェノンで改質を行うことにより、SBRの低発熱化、即ち、ヒステリシスロスを犠牲にしながら低発熱化による高速耐久性能の向上を図ったものであるから、本願発明と先願発明とは技術的思想を全く異にするものである。即ち、先願発明は、スチレン量とビニル結合量が特定された構成とベンゾフェノン改質という要件とが密接不可分に結合して初めて低発熱化という効果を達成するものであるから、先願明細書の記載において、ベンゾフェノン改質という要件を除いたものを完成した発明として認識することはできない。

先願明細書(甲第3号証)には、ベンゾフェノン改質によるSBRの低発熱化効果を確認するために、ベンゾフェノンで改質されていないSBR(以下「未改質SBR」という。)を〔配合1〕(先願発明の比較例)として記載している。〔配合1〕は、スチレン量が40重量%、オイル配合量がSBR100重量部に対して80重量部であるが、ビニル結合量が36%と本願発明の範囲(40~59%)より低いものである。そして、先願明細書には、〔配合1〕の未改質SBRの特性が、〔配合2〕の改質SBRと対比して第2表に記載されているが、ビニル結合量を初めとして上記の量比を実施例の値から変化させるときに、ベンゾフェノン改質効果を除いて、競技用タイヤトレッドゴム組成物のその他の特性がどのように変化するかは、当業者といえども予測することができないことである。換言すると、未改質SBRは、先願明細書の実施例の欄に比較例として記載の〔配合1〕のみが完成された発明として記載されているのであって、少なくとも、ビニル結合量が40%以上の未改質SBRの発明が、先願明細書中に完成された発明として記載されているとは認めることができない。

結局、本願発明と先願明細書の実施例の欄に記載の〔配合1〕とは、ビニル結合量が相違し、その結果、ブローアウト温度に大きな違いがあるところから、本願発明を先願明細書に記載された発明とすることはできない。

〈3〉 先願発明における改質において、ベンゾフェノンはカルボニル基(>C=0)の炭素を介してSBRに結合し、SBRの重合反応を停止するものである。

他方、本願発明におけるSiCl4に代表されるカップリング剤による改質は、Siを介して4つのSBR分子を結合してSBR全体として分子量を増加させるものである。

したがって、本願発明における改質と先願発明における改質は反応機構及び生成する共重合体分子が相違し、その結果、ゴム特性に与える影響が相違することは明らかである。

〈4〉 先願明細書の特許請求の範囲には、「高速耐久性能が改善された空気入りタイヤ」が記載されており、特に、SBR70重量部以上のうち、35重量部以上がベンゾフェノン誘導体の原子団の少なくとも1個と炭素-炭素結合で分子鎖に結合し、ゴム加硫後の100℃における複素弾性率が2~5MPaで、損失弾性率が0.2~0.6であると規定している。

そして、先願明細書には、高速耐久性能に関して、「本発明は、・・・優れた運動性能を持ち、耐摩耗性も良好であり、かつ走行時のキャップトレッドの発熱を改善して競技用タイヤの高速耐久性を高めることを目的とするものである。」(甲第3号証2頁左下欄8行ないし12行)、「かかる改質SBRを使用することによって、SBRの保有する優れたスキッド特性を維持しつつ、欠点であった発熱性を改善し、高速耐久性能を高めることができる。」(同3頁右下欄9行ないし12行)と記載され、先願明細書の第2表には、〔配合1〕(比較例)のゴム組成物(スチレン量40重量%、ビニル結合量36%の未改質SBR)と、〔配合2〕(実施例)のゴム組成物(スチレン量40重量%、ビニル結合量36%で、4、4’-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノン改質のSBR)(同4頁右上欄8行ないし5頁左下欄末行)のキャップトレッド特性とタイヤ性能が記載され、「第2表から明らかなように、本発明の実施例におけるキャップトレッドゴムは、比較例である従来タイヤのそれに比較して損失弾性率が低いレベルにあり、低発熱化されていることが理解でき、キャップトレッドの低発熱化がタイヤの高速耐久性能の向上につながっていることは明らかである。」(同5頁左下欄1行ないし7行)と記載されている。

ここで注目すべきことは、先願発明にかかる〔配合2〕のゴム組成物は、4、4’-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノンで改質したことにより、損失弾性率を低下させ、キャップトレッドを低発熱化させていることであり、本願発明のように、ブローアウト温度を上昇させ、高発熱に耐えるようにしたタイヤトレッドゴム組成物とは技術思想を異にするものであることは明らかである。

したがって、SBRの改質がよく知られているからといって、上記のような異質な改質を含め、すべての改質されたSBRをSBRの範疇に属すると判断することは、当業者の常識に反することであり、本願発明のSBRが先願発明のものと一致しているとした審決の認定、判断は誤りである。

(2)  取消事由2(本願発明のビニル結合量の範囲が先願明細書記載の発明の範囲と重複するとした認定、判断の誤り)

先願発明におけるビニル結合含有量は、結合スチレン量の場合と同様に、SBRが改質SBRを含むことを前提とする規定量であるから、未改質SBRにおけるビニル結合含有量を示唆しない。

また、先願明細書には、〔配合1〕(比較例)のゴム組成物(未改質SBRを用いる。)において、ビニル結合量を36%とすることが記載されているが、このビニル結合量を10~50重量%の範囲で調製することにより得られる効果については何も開示されていない。

しかして、ビニル結合量が36%である先願明細書の未改質ゴム組成物〔配合1〕の記載から40%以上の未改質ゴム組成物のブローアウト温度を予測することは当業者といえども不可能なことである。

してみると、先願明細書に記載の未改質ゴム組成物〔配合1〕において、タイヤトレッドゴムにおける重要な特性値が大きく変動する範囲のゴム組成物までも、先願明細書の開示範囲に含めることができないことは自ずから明らかである。

したがって、審決が、「先願明細書記載の発明でスチレン・ブタジエン共重合体ゴムのブタジエン部の1、2-ビニル結合含有量を「実施例」という一態様に限って解すべき技術的根拠はない。」(甲第1号証8頁3行ないし7行)とした認定は、ベンゾフェノン改質の「先願明細書の特許請求の範囲に記載の発明」についてのみ言えることであり、その範囲を越える未改質ゴム組成物〔配合1〕については認められるべきものではない。

よって、本願発明のビニル結合量が先願明細書記載の発明と重複するとした審決の認定、判断は誤りである。

(3)  取消事由3(本願発明の伸展油の量範囲の限定が先願明細書記載の発明と別異の発明を構成しないとした認定、判断の誤り)

本願発明のSBRは、スチレン量、ビニル結合量及び伸展油配合量が相互に関連して、大きなヒステリシスロスを維持し、かつ、ヒステリシスロスの低下を抑制しながら、ブローアウト温度の向上を図るという特性が発現するものであるから、伸展油配合量のみを取り出して、本願発明と先願明細書記載の発明との異同を論ずることは、当業者の常識を超えるものであって失当である。

したがって、本願発明における伸展油の量範囲の限定が先願明細書記載の発明と別異の発明を構成するものではないとした審決の認定、判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉 先願明細書(甲第3号証)の1頁右下欄10行ないし14行、2頁左上欄10行ないし右上欄5行、2頁左下欄1行ないし12行の各記載から明らかなように、先願発明は、従来のタイヤの発熱性の問題点を改良するためになされたものではあるが、同時に、ヒステリシス損失(ヒステリシスロス)についても充分留意されているというべきである。即ち、先願発明は、結合スチレン量が30~50重量%のスチレン・ブタジエン共重合体ゴム(SBR)が用いられていることにより、ラリー、レース等の競技用タイヤとして利用できる程度のスキッド特性を備えつつ、更に、高速耐久性能が改善された空気入りタイヤの発明というべきものである。

原告は、先願明細書に記載されたSBRを用いた〔配合1〕と改質SBRを用いた〔配合2〕の複素弾性率と損失弾性率のデータからtanδを計算し、〔配合2〕(先願発明の実施例に相当する)のタイヤのヒステリシスロスは、〔配合1〕(先願発明の比較例に相当する)のタイヤのヒステリシスロスに比べて少ないとの結論を導き出しているところ、被告は、この結論を否定するものではない。

しかしながら、先願明細書には、ヒステリシスロス、及びヒステリシスロスに直接関係する複素弾性率と損失弾性率の好ましい範囲が具体的に記載されており(甲第3号証4頁左上欄5行ないし末行)、この記載からも、先願発明は、競技用タイヤとして利用できる程度のヒステリシスロスは充分保持されているというべきである。

原告は、ベンゾフェノン改質を行わない本願発明ではヒステリシスロスが低下することはない旨主張するが、本願発明はベンゾフェノン改質を行わないことを構成要件とはしておらず、したがつて、本願発明で用いるSBRは先願発明で用いるSBRを排除していないから、上記主張は失当である。

また原告は、本願発明のSBRと先願発明のベンゾフェノン改質SBRとは、ヒステリシスロスについて全く逆の方向を目指すものであり、かつ、ブローアウト温度の向上と低発熱性という目的においても区別されるものである旨主張するが、上記のとおり、先願発明は、結合スチレン量が30~50重量%のスチレン・ブタジエン共重合体ゴム(SBR)が用いられていることにより、競技用タイヤとして利用できる程度のスキッド特性を備えているので、ヒステリシスロスは十分保持されており、本願発明のSBRと先願発明のベンゾフェノン改質SBRとは、ヒステリシスロスについて全く逆の方向を目指すものではない。

〈2〉 米国の団体規格であるASTMによると、ゴムはその主鎖構造によって分類されるが、乙第1号証(日本ゴム協会編「ゴム技術の基礎」(平成7年5月10日発行第6刷)によれば、大分類の中にRクラスとして、「天然ゴムやジオレフィンから誘導された合成ゴムのように、主鎖に不飽和炭化結合をもつゴム」が分類され、更に、Rクラスの中に、SBRとして、主鎖がスチレンとブタジエンからなる共重合体が分類されている。

このように、対象を段階的に細分する分類法に従えば、SBR自体は、まだ更に細分類される途中の様々なスチレン・ブタジエンゴムの総称であることが分かる。

したがって、改質SBRはSBRの範疇に属する。

また、本願明細書には、SBRについて、「この発明のブタジエン系共重合体は種々の製造方法により得られる。」(甲第2号証の2第4欄27行、28行)、「所要に応じて前記共重合反応の最終段階でハロゲン化ケイ素、アジピン酸ジエステル、アルキレンカーボネート又はジビニルベンゼン等を適当量添加してカップリング反応を行い前記共重合体を改質したり、触媒、単量体のいずれか又は両方を追加すること等種々の変化が可能である。」(同第4欄33行ないし38行)と記載されている。

本願明細書のこれらの記載によれば、特許請求の範囲に記載されたビニル芳香族・ジエン共重合体には、改質されたものが含まれることは当然であり、これを含まないと狭く解釈する特段の理由はない。

したがって、本願発明で用いるSBRは、先願発明で用いるSBRを排除していないというべきである。

原告は、先願発明は、大量のSBRをベンゾフェノンで改質を行うことにより、SBRの低発熱化、即ち、ヒステリシスロスを犠牲にしながら低発熱化による高速耐久性能の向上を図ったものであるから、本願発明と先願発明とは技術思想を全く異にする旨主張する。

しかし、本願発明で用いるSBRは先願発明で用いるSBRを排除していない。したがって、本願明細書に記載された改質は先願発明における改質と本質的に相違するものではない。

また、先願明細書に記載された改質SBRは、レーシングタイヤという本願発明と同一の技術分野に属し、路面グリップ力に優れるという共通の性質を有するものである。

そして、先願明細書には、タイヤの運動性能について、「従来、コーナリング性、制動性、駆動性等の運動性能はタイヤに要求される最も基本的な性能である。これらの性能を高めるためには、タイヤのトレッドゴムの路面把握力(スキッド特性)を向上させる必要がある。そして運動性能の限界的な技術を追求し、そこから得た技術を一般用タイヤの運動性能向上に波及させるために、過酷な条件下でのスキッド特性が要求されるレースラリー等の競技用タイヤのキャップトレッドゴムの開発が行われている。」(甲第3号証1頁右下欄15行ないし2頁左下欄5行)、「本発明のタイヤがSBRに粒子径の小さなカーボンブラックを多量に配合したキャップトレッドを有する従来の競技用タイヤのすぐれたスキッド特性を維持しつつ、その欠点であった発熱を低減し、高速耐久性能を向上させたタイヤである。」(同5頁左下欄14行ないし19行)、「SBRへのベンゾフェノン類の導入はスキッド性能に何ら影響を及ぼしていない。」(同5頁左下欄11行ないし13行)と記載されている。

これらの記載によれば、先願発明は、SBRの改質により路面グリップ力(路面把握力)を犠牲にするものではないのであり、先願発明のSBRは、レーシングタイヤという本願発明と同一の技術分野に属し、路面グリップ力に優れるという共通の性質を有するものといえる。

したがって、本願発明と先願発明は、技術思想を異にしない。

〈3〉 乙第2号証(「ゴム工業便覧第四版」(平成6年1月20日発行))の213頁右欄6行ないし214頁左欄12行の記載から明らかなように、SBRの共重合反応において、ケトンやハロゲン化金属化合物(ベンゾフェノンはケトンの一種。ハロゲン化ケイ素はハロゲン金属化合物の一種。)を用いて、官能基を導入したり、分岐構造を導入したりすることは、適宜なされていることである。

そして、本願発明では、カップリング改質剤としてハロゲン化ケイ素やジビニルベンゼンが用いられ、先願発明では、ベンゾフェノン化合物が用いられているのであり、両発明における改質は、SBRが改質されている点で同じである。

また、本願明細書記載のアジピン酸ジエステル、アルキレンカーボネート及びジビニルベンゼンは、炭素原子を介してSBRに結合するものであり、SiCL4による改質を含めて、本願発明で用いるカップリング剤は、先願明細書記載のベンゾフェノンカップリング剤と同様に、SBRの重合反応を停止するものであり、この点でも、両発明における改質は同じである。

さらに、本願明細書には、ポリマー活性末端との反応部位が2個又は4個のカップリング剤しか記載されていないが、本願発明において、ポリマー活性末端との反応部位が1個のカップリング剤を用いないとする根拠はなく、この点でも、両発明における改質は同じである。

したがって、本願発明における改質と先願発明における改質は、反応機構が相違し、生成される共重合体分子も相違するとの原告の主張は誤りである。

〈4〉 本願発明のSBRも先願発明のSBRも、ブローアウトの改善という点で同じであり、レーシングタイヤという同一の技術分野に属し、路面グリップ力に優れるという共通の性質を有するものであるから、本願発明と先願発明は技術思想が異なるとはいえない。

原告は、SBRの改質が知られているとしても、改質SBRをSBRの範疇に属するとすることは技術常識に反することであり、審決の判断は誤りであると主張するが、改質SBRがSBRの範疇に属することは前記のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

(2)  取消事由2について

先願明細書の特許請求の範囲には、ビニル結合含有量が10~50重量%であることが明記され、先願発明を実施例に限って解すべきでないことは審決説示のとおりである。

(3)  取消事由3について

審決は、スチレン量についても、ビニル結合量についても検討しており、伸展油配合量のみを取り出して、本願発明と先願明細書記載の発明の異同を論ずることはしていない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(先願明細書の記載事実)、(3)(対比・判断)のうちの〈1〉、〈2〉(a)、〈4〉(a)、(4)(結び)のうちの〈2〉についても、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証の2(本件公告公報)によれば、本願発明は、「ビニル芳香族・ジエン共重合体を含む、ヒステリシスロスが大で路面グリップ力にすぐれ、破壊強度及び耐摩耗性が良好にして耐熱性にすぐれる、高性能競技用タイヤトレッドゴム組成物に関する。」(2欄2行ないし5行)ものであること、「従来、競技用タイヤトレッドにおいて路面グリップ力を向上させるため、ヒステリシスロスの大きいブチルゴム、ハロゲン化ブチルゴム、高スチレン含量の乳化重合スチレン・ブタジエン共重合体等が用いられてきた。」(2欄9行ないし13行)が、「前記のブチルゴム等のヒステリシスロスの大きいゴム材料は高シスポリイソプレンゴム、天然ゴム、高シスポリブタジエンゴム、乳化重合スチレンブタジエンゴムなどのジエン系ゴムに比べて前記ジエン系ゴムとの共加硫性及び破壊強度が劣る。また、高スチレン含量の乳化重合スチレン・ブタジエン共重合体ゴムは、競技のような苛酷な使用条件下においては、しばしばブローアウトを起こし好ましくない。」(2欄15行ないし3欄7行)ことから、本願発明は、「上記問題点の解決、すなわち、成分ゴムがすぐれた共加硫性を有し、ヒステリシスロスが大で耐熱性にすぐれ、かつ破壊強度及び耐摩耗性の良好な、高性能競技用タイヤトレッドゴム組成物を提供すること」(3欄8行ないし12行)を目的とし、「炭化水素溶媒中、有機リチウム化合物を開始剤とする重合反応により得られる特定のビニル芳香族・ジエン共重合体の単独又はその10重量%以上とジエン系ゴムとの混合物をゴム成分とする高性能競技用タイヤトレッドゴム組成物であり、これによって前記問題点を解決するものである。」(3欄18行ないし23行)こと、本願発明は、「苛酷な使用条件下で用いられる高性能競技用タイヤのトレッドゴム組成物として、有機リチウム開始剤によって重合された特定のビニル芳香族・ジエン共重合体を単独又は特定量比でジエン系ゴムとブレンドすることにより、耐熱性・耐摩耗性及び路面グリップ性を同時に満足する。」(7欄34行ないし8欄31行)ものであることが認められる。

3  取消事由1について

(1)  まず、先願発明のSBRについて検討する。

〈1〉  先願明細書に審決摘示の特許請求の範囲、実施例、ゴム組成物の配合の具体例が記載されていることは、上記1に説示のとおり当事者間に争いがない。

ところで、先願明細書には、先願発明で用いるスチレン・ブタジエン共重合体ゴム(SBR)における化学構造と物性の関係について、「本発明におけるキャップトレッドゴムは、全エラストマー成分100重量部のうちSBRが70重量部以上であり、このSBRは結合スチレン量が30~50重量%である。結合スチレン含有量が30重量%未満では、乾いた路面や濡れた路面でのスキッド特性を十分に高めることができず、また50重量%を越えると樹脂状になり、加工時にミキサーやロールへの粘着性が大きく、加工しにくくなり好ましくない。」(甲第3号証2頁右下欄下から4行ないし3頁左上欄6行)、「本発明におけるSBRのブタジエン部の1、2-ビニル結合含有量は10~50重量%であり、10重量%未満ではスキッド特性を十分に高めることができず、また50重量%を越えると耐摩耗性が許容レベルを下まわったり、発熱性が大きくなるので好ましくない。好ましくは、SBRのブタジエン部のシス1、4-結合含有量が耐摩耗性を高める上から15重量%以上である。」(同3頁左上欄13行ないし右上欄1行)、「本発明においては、SBRのムーニー粘度ML1+4(100℃)が60以上であり、Tgが-45~-10℃である。ムーニー粘度ML1+4(100℃)が60未満では、キャップトレッドの発熱が大きくなったり、耐摩耗性が低くなったりして、加工時に粘度が低くなりすぎ、ミキサーやロールに粘着するので好ましくない。Tgが-45~-10℃であれば、スキッド特性は良好なレベルにあり、この範囲外ではスキッド特性が低下し好ましくない。」(同3頁右上欄2行ないし12行)、「更に本発明においては、SBRが35重量部以上が下記式A(略。特許請求の範囲中の式)で示される原子団の少なくとも1個を炭素-炭素結合で分子鎖に結合させたスチレン・ブタジエン共重合体ゴム(略)である。」(同3頁右上欄16行ないし左下欄4行)、「かかる改質SBRを使用することによって、SBRの保有する優れたスキッド特性を維持しつつ、欠点であった発熱性を改善し、高速耐久性能を高めることができる。」(同3頁右下欄9行ないし12行)と記載されていることが認められる。

上記各記載によれば、先願発明のSBR(改質SBR)は、乾いた路面や濡れた路面でのスキッド特性の確保、及び、加工を困難にする樹脂状化と粘着性増大の抑制という観点から、結合含有スチレン量(結合スチレン量)が30~50重量%と規定され、充分なスキッド特性の確保、及び、耐摩耗性低下と発熱性増大の抑制という観点から、ブタジエン部の1、2-ビニル結合量(ビニル結合量)が10~50重量%と規定されるとともに、発熱性増大・耐摩耗性低下・粘度低下の抑制という観点から、ムーニー粘度ML1+4(100℃)が60以上に、さらに、充分なスキッド特性の確保という観点から、ガラス転移温度(Tg)が-45~-10℃と規定されるものであるところ、上記規定に係るSBRの優れたスキッド特性を維持しつつ、欠点である発熱性を改善し、高速耐久性能を高めるという観点から、SBRの一部もしくは全部が、式A(特許請求の範囲中の式)で示される原子団の少なくとも1個を炭素-炭素結合で分子鎖に結合させた改質SBRであることが認められる。

〈2〉  先願発明のゴム物性は、特許請求の範囲において、「加硫後の100℃における複素弾性率が2~5MPa、損失弾性率が0.2~0.6である」と規定されているところ、先願明細書には、この規定について、「複素弾性率が2MPa未満では、キャップトレッドの剛性が低く、制動、駆動、コーナリング等の運動性能が低下し、5MPaを越えると路面の凹凸に添って変形することができなくなり、スキッド特性が低下するので好ましくない。」(甲第3号証4頁左上欄13行ないし17行)、「損失弾性率が0.2未満ではスキッド特性を高めることが困難となり、0.6を越えると走行時の発熱が大きくなりすぎる。」(同4頁左上欄18行ないし20行)と記載されていることが認められる。

上記各記載によれば、先願発明においては、タイヤの高速耐久性能を確保するため、上記ゴム物性(複素弾性率と損失弾性率)が規定されているものと認められるところ、上記ゴム物性が、先願発明のSBRにおける粘性、弾性、耐摩耗性及び発熱性等の物性を基礎とし、形成されているものであることは明らかである。

〈3〉  先願明細書(甲第3号証)の第2表には、先願発明のSBRによるゴム物性が優れていることを実証するため、〔配合2〕(実施例。エラストマー全量:改質SBR)のゴム組成物、及び、〔配合1〕(比較例。エラストマー全量:未改質SBR)のゴム組成物(甲第3号証の第1表参照)につき測定した動的粘弾性(粘性と弾性)特性が掲載されているところ、先願明細書には、上記粘弾性特性について、「第2表から明らかなように、本発明の実施例におけるキャップトレッドゴムは、比較例である従来タイヤのそれに比較して損失弾性率が低いレベルにあり、低発熱化されていることが理解でき、キャップトレッドの低発熱化がタイヤの高速耐久性能の向上につながっていることは明らかである。」(甲第3号証5頁左下欄1行ないし7行)、「タイヤの乾いた路面および濡れた路面での制動性能は、実施例のタイヤと比較例のタイヤは同等であり、本発明のタイヤのキャップトレッドゴムに用いられるSBRへのベンゾフェノン類の導入はスキッド性能に何ら影響を及ぼしていないことが判る。」(同5頁左下欄8行ないし13行)と記載されていることが認められる。

上記各記載及び第2表によれば、実施例の改質SBRにおいては、ベンゾフェノン改質により粘弾性特性が変化し、その結果、実施例のゴム組成物の発熱性が改善(低発熱化)されているが、粘弾性特性の変化は、実施例のゴム組成物のスキッド特性には何ら影響を及ぼさないものであることが認められる。

そうすると、先願発明のSBRは、発熱性が未改質SBRの発熱性に比べて低く、かつ、粘弾性特性が、「加硫後の100℃における複素弾性率が2~5MPa、損失弾性率が0.2~0.6である」と規定される動的粘弾性特性を担うに充分なものであるということができる。

(2)  次に、本願発明のSBRについて検討する。

〈1〉  本願明細書には、SBRにおける化学構造と物性の関係について、「この発明において用いられるビニル芳香族・ジエン共重合体は、単量体である芳香族ビニル化合物とジエン化合物との共重合体である。」(甲第2号証の2第3欄24行ないし26行)、「ビニル芳香族・ジエン共重合体において、ジエン重合部全体を基準にしたビニル結合単位の百分率が40%未満では、耐熱性に劣り、多すぎると破壊強度が劣るので、ビニル結合単位は40~59%が好ましい。」(同第3欄48行ないし第4欄1行)、「ビニル芳香族・ジエン共重合体において、その結合ビニル芳香族化合物の含有量が少ないと、ヒステリシスロスが小さく、かつ破壊強度も劣り、多すぎると、結合ビニル芳香族化合物のブロック的連鎖が増加して使用温度領域(室温~150℃)における弾性率の温度依存性が大きく、また破壊強度も劣る。従って、結合ビニル芳香族化合物の含有量が31~50重量%であることが好ましく、31~40重量%の範囲内であることが特に好ましい。」(同第4欄2行ないし9行)と記載されていることが認められる。

上記各記載によれば、本願発明のSBRは、耐熱性の向上及び破壊強度の確保という観点から、ジエン重合部全体を基準にしたビニル結合単位(ビニル結合量)が40~59%と規定され、充分なヒステリシスロスの維持・破壊強度の確保、及び、使用温度領域(室温~150℃)における弾性率の温度依存性の増大の抑制・破壊強度の確保という観点から、結合ビニル芳香族化合物含有量(結合スチレン量)が31~50重量%と規定されるものであると認められる。

なお、本願発明のSBRは、共重合反応の最終段階でカップリング剤により改質してもよいものであるが(甲第2号証の2第4欄33行ないし38行)、本願明細書(甲第2号証の2)には、この改質の目的ないし技術的意義については記載されていない。

〈2〉ⅰ.本願発明のゴム物性は、特許請求の範囲において、物性指標値をもって具体的に規定されていないが、本願明細書の表3には、実施例と比較例との対比で、ゴム物性の指標となる、引張強さ、ブローアウト温度、耐摩耗性及びラップタイムが掲載されており、本願明細書には、表3について、「実施例1~7に見られる様に、該ゴム組成物は苛酷な使用条件下で用いられる高性能競技用タイヤのトレッドゴム組成物として耐熱性、耐摩耗性、路面グリップ性に優れ好適に使用される。これに対して比較例はブローアウト温度が低く耐熱性、耐摩耗性、路面グリップ性に劣る。」(甲第2号証の2第7欄27行ないし32行)と記載されていることが認められる。

上記記載及び前記2に認定の本願発明の効果によれば、本願発明は、比較例のゴム組成物に比べて、耐熱性、耐摩耗性、路面グリップ性において優れているものと認められる。

そこで、先願発明のSBRとの対比に資するため、本願発明のSBRの耐熱性及び路面グリップ性につき、更に検討する。

ⅱ.本願明細書には、路面グリップ性の指標となるヒステリシスロスについて、「高いヒステリシスロスを得るため、該ゴム組成物は、ゴム成分中の油を除いたゴム分100重量部に対し、伸展油を50~200重量部配合することを規定する。200重量部を超えると、破壊強度、耐摩耗性が劣り、特に60~170重量部の範囲の配合量が好ましい。」(甲第2号証の2第4欄16行ないし20行)と記載されていることが認められる。

上記記載によれば、本願発明においては、優れた路面グリップ性、即ち、それを担う高いヒステリシスロス特性を得るために、50~200重量部の伸展油が配合されていることが認められる。

ここで、本願明細書の表3に掲載されている実施例1と実施例5(但し、表3の最下行のもの)を比較すると、いずれもSBR試料A:70重量%、SBRTO120(ジエン系ゴム):30重量%を含有するが、伸展油を含むトータルオイル量が異なり、実施例1では150重量部であるのに対し、実施例5では40重量部であるところ、ラップタイムが実施例1では34.26秒であるのに対し、実施例5では35.28秒であるから、トータルオイル量の増加に伴い、ラップタイムが減少し、路面グリップ性が向上している、即ち、ヒステリシスロスが増大していることが認められる。

このことは、本願発明における上記50~200重量部の伸展油配合の効果を裏付けるものであり、本願発明のSBRの粘弾性特性は、所要量の伸展油の配合により、優れた路面グリップ性を担うに足るヒステリシスロス特性を呈するものと解することができる。

ⅲ.本願明細書の表3には、グッドリッチクレクソメーターにより測定したブローアウト温度が、実施例と比較例との対比で掲載されており、これらの温度を総合的に比較すると、実施例のブローアウト温度は比較例のブローアウト温度より高めであるということができるから、その限りで、本願発明の耐熱性は、比較例のゴム組成物の耐熱性に比べて一応優れているということができる。

しかしながら、上記表3に掲載の実施例1と比較例6(両者は、実施例1がSBR試料Aを、比較例6がSBR試料Hを使用する点で異なるのみで、SBR:70重量%、SBRTO120〔ジエン系ゴム〕:30重量%、トータルオイル:150重量部からなる点で同じである。)を比較すると、実施例1ではブローアウト温度が214℃であるのに対し、比較例6ではブローアウト温度が216℃であり、試料Aと試料Hを用いる場合においては、ブローアウト温度に差がないことが認められ、このことは、本願発明の耐熱性が、比較例のゴム組成物の耐熱性に比べて常に優れていることを意味しないものというべきである。

そして、ゴム組成物の耐熱性の限界は全面的にエラストマー(ゴム成分)の耐熱性の限界に依存するところ、試料Hにおける結合スチレン量及びビニル結合量は、本願発明で規定する結合スチレン量及びビニル結合量の範囲外である(本願明細書の表1参照)ことからすると、本願発明のSBRの耐熱性が、比較例のSBRの耐熱性に比べて常に優れているということはできない。

また、実施例7は、SBR試料A:100重量%のゴム組成物に係るものであるが、そのブローアウト温度は217℃で、比較例6(試料H)のブローアウト温度216℃とほぼ同じである。このことからしても、本願発明のSBRの耐熱性が、比較例のSBRの耐熱性に比べて常に優れているということはできない。

したがって、本願発明のSBRの耐熱性は、比較例のSBRの耐熱性に比べて格別の差異はないと解するのが相当である。

(3)  そこで、本願発明のSBRと先願発明のSBRを対比する。

〈1〉  本願発明のSBRは、結合スチレン量が31~50重量%、ビニル結合量が40~59重量%であるのに対し、先願発明のSBR(改質SBR)は、結合スチレン量が30~50重量%、ビニル結合量が10~50重量%であって、両SBRにおいては、結合スチレン量及びビニル結合量が数値上重複している。

ところで、SBRにおいては、化学構造と物性が密接に関連するから、本願発明のSBRと先願発明のSBRの各物性についての対比をせずに、上記数値上の重複から直ちに両SBRの化学構造が実質的に同じであるとするのは相当ではない。即ち、両SBRにおいて、規定されている結合スチレン量及びビニル結合量が数値上重複していても、発現する物性が客観的にみて相違すれば、両SBRの化学構造は物性発現機能の点で実質的に異なり、したがって、構造的にも実質的に異なるものといわざるを得ず、逆に、発現する物性に客観的な相違を見いだすことができない場合には、両SBRの化学構造は物性発現機能の点で同じであり、したがって、構造的にも同じであるということになるものというべきである。

そこで、以下、両SBRの物性(粘弾性特性及び熱的特性)について対比する。

〈2〉  前記(1)に説示のとおり、先願発明のSBRの粘弾性特性は、「加硫後の100℃における複素弾性率が2~5MPa、損失弾性率が0.2~0.6である」と規定される動的粘弾性特性を担うに充分なものである。そして、上記動的粘弾性特性が、路面グリップ性を含む高速耐久性能の基礎となるヒステリシスロス特性を呈するものであることは明らかである。

一方、前記(2)に説示のとおり、本願発明のSBRの粘弾性特性は、優れた路面グリップ性の基礎となるヒステリシスロス特性を呈するものである。

上記のとおり、両SBRの粘弾性特性は、いずれも高速耐久性能の基礎となるヒステリシスロス特性を呈するものであるということができ、この定性的なヒステリシスロス特性を対比する限りにおいて、両SBRの粘弾性特性は同様のものと解するのが相当である。

そして、本願明細書(甲第2号証の2)には、本願発明のSBRの粘弾性特性もしくはそれに由来するヒステリシスロス特性が、先願発明のSBRの粘弾性特性もしくはそれに由来するヒステリシスロス特性と異なることを客観的に窺わせる物性指標値あるいはそれに替わる事項についての記載はない。

したがって、両SBRの粘弾性特性については、客観的な差異があるものとすることはできない。

〈3〉  SBRの発熱がSBRの動的粘弾性特性に起因すること、及び、その発熱量がSBRに加えられる繰返し応力(それにより生じる歪み)の繰返しの頻度と応力の大きさ(それにより生じる歪みの大きさ)に依存することは、技術的に明らかであるから、SBRが低発熱性であることは、所定の繰返し応力下で発熱量が少ないことを意味するものであって、SBRが耐熱性に劣るということを意味するものではない。

前記(1)に説示のとおり、先願発明のSBRの発熱性は未改質SBRの発熱性に比べて低いが、このことは、先願発明のSBRがその化学構造に基づき発現するSBR固有の物性の一つである耐熱性が、未改質SBRの耐熱性に比べて劣っているということを意味するものではない。

したがって、先願発明のSBRは、その化学構造に基づき発現するSBR固有の物性の一つとして、当然に所要の耐熱性を有するものであり、その程度は、高速走行中も高速耐久性能を維持・継続するのに充分なものであると認められる。

一方、前記(2)に説示のとおり、本願発明のSBRの耐熱性は比較例のSBRの耐熱性に比べて格別相違しないが、このことは、当該耐熱性が、SBRの化学構造に基づき発現するSBR固有の所要の耐熱性であることを意味しているものということができる。そして、その耐熱性の程度は、本願発明の技術分野及び目的からして、高速走行中も高速耐久性能を維持・継続するに充分なものであることは明らかである。

上記のとおり、両SBRの熱的特性は、定性的な熱的特性を対比する限りにおいて、同様のものと解するのが相当である。

そして、本願明細書(甲第2号証の2)には、本願発明のSBRの熱的特性が、先願発明のSBRの熱的特性と異なることを客観的に窺わせる物性指標値あるいはそれに替わる事項についての記載はない。

したがって、両SBRの熱的特性については、客観的な差異があるものとすることはできない。

〈4〉  上記〈1〉ないし〈3〉のとおり、本願発明のSBRと先願発明のSBRとは、化学構造及び物性の点で相違するところはないものというべきである。

したがって、審決が、「本願発明における「炭化水素溶媒中、有機リチウム化合物を開始剤とする重合反応により得られるビニル芳香族・ジエン共重合体であって、」との規定で表される共重合体は、先願明細書記載の発明のものと一致している。」(甲第1号証7頁10行ないし14行)とした認定、判断に誤りはないものというべきである。

(4)〈1〉  原告は、先願明細書の第2表に掲載の複素弾性率と損失弾性率に基づいてtanδ(損失係数)を計算し、実施例のゴム組成物のtanδが比較例のゴム組成物のtanδより小さいことから、本願発明のSBRと先願発明のSBRとは、ヒステリシスロスについて全く逆の方向を目指すものであり、かつ、ブローアウト温度の向上と低発熱化という目的においても明確に区別されるものである旨主張する。

しかしながら、先願発明において、ヒステリシスロスの低減が所期の低発熱化を達成しているとしても、ヒステリシスロス低減後の粘弾性特性が、「加硫後の100℃における複素弾性率が2~5MPa、損失弾性率が0.2~0.6である」と規定される動的粘弾性特性を担うに充分なものである以上、先願発明が高速耐久性能を維持するに足るヒステリシスロス特性を有することは明らかであるから、上記ヒステリシスロスの低減が高速耐久性能を維持するに必要なヒステリシスロス特性の犠牲を意味しているものとまでは認められない。

また、先願明細書の実施例のゴム組成物においては、所定量の伸展油(アロマ系オイルとナフテン系オイル)が配合されているところ(先願明細書の第1表)、伸展油の配合でSBRの物性(粘性、弾性等)が変わることは技術常識であり、この技術常識に照らせば、実施例のゴム組成物においても、伸展油の配合量増減によりその粘弾性特性を調整することができ、その結果、ヒステリシスロスを所望のレベルに維持できることは明らかである。

そうすると、実施例のゴム組成物のtanδが比較例のゴム組成物のtanδより小さいことは、ベンゾフェノン改質の効果を実証する一実施例と一比較例との対比において算出された、一物性指標値上の結果にすぎないものというべきであり、先願発明における発熱性の改善をもって、ヒステリシスロスの低減を一義的に関連づける根拠となるものではないと解するのが相当である。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  原告は、本願発明はSBRのスチレン量を高くし、かつ、伸展油を大量に配合することにより、大きなヒステリシスロスを維持し、さらに、破壊強度を損なわない範囲で高いビニル結合量を含有させることにより、SBRのブローアウト温度を向上させたものであるのに対し、先願発明は、特定のスチレン量と特定のビニル結合量を有するSBR70重量部以上のうち、35重量部以上という大量のSBRをベンゾフェノンで改質を行うことにより、SBRの低発熱化、即ち、ヒステリシスロスを犠牲にしながら低発熱化による高速耐久性能の向上を図ったものであるから、本願発明と先願発明とは技術的思想を全く異にするものである旨主張するが、上記(1)ないし(3)に説示したところに照らして採用できない。

〈3〉  原告は、本願発明における改質と先願発明における改質は反応機構と生成する共重合体分子が相違し、その結果、ゴム特性に与える影響が相違すると主張する。

乙第2号証には、SBRについて、「溶液重合SBRは、・・・一般的には、ヒステリシスロスが小さいが、その反面加工性に劣るものとなっている。この傾向は分子量分布がシャープなものほど著しいので、カップリング反応などにより分子量分布をバイモダルにして物性と加工性のバランスをとるように工夫されたSBRも市販されている・・・。」(215頁右欄4行ないし12行)と記載されていることが認められ、これによれば、カップリング剤改質は分子量分布を変え、SBRの物性に何らかの影響をもたらすものであると認められる。

しかしながら、本願明細書(甲第2号証の2)には、カップリング剤改質の目的ないし技術的意義について記載されていないし、例えば、本願明細書の表3掲載の実施例1(カップリング剤改質の「試料A」を使用)と実施例3(未改質の「試料C」を使用)におけるブローアウト温度(実施例1:214℃、実施例3:211℃)をみても、改質の有無により、大きな差がないことが認められ、これらによれば、本願発明における任意のカップリング剤改質は、SBRの物性に格別の影響を与えるものであるとは認められない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(5)  以上のとおりであって、取消事由1は理由がない。

4  取消事由2について

(1)  本願発明のSBRにおけるビニル結合量(40~59%)と先願発明のSBRにおけるビニル結合量(10~50重量%)とは、規定量が数値上重複するだけではなく、所要の結合スチレン量と相まって、両SBRに同様の熱的特性及び粘弾性特性を発現せしめるものであることは、前記3(1)ないし(3)に説示したところから明らかであり、両SBRにおけるビニル結合量は、それぞれのSBRの物性形成に果たす機能も含めて同じであるということができる。

したがって、審決が、「本願発明の「31~50重量%の範囲内の結合ビニル芳香族化合物を含有し、かつ40~59%の範囲内のビニル結合ブタジエン単位を含有する、ビニル芳香族化合物とブタジエンとの共重合体」と限定した点は、限定範囲が先願明細書記載の発明と重複するため、本願発明でこの規定を設けたことによって先願明細書記載の発明と別異の発明を構成すると認めることはできない。」(甲第1号証8頁8行ないし15行)とした認定、判断に誤りはない。

(2)  原告は、先願発明におけるビニル結合量はSBRが改質SBRを含むことを前提とする規定量であって、未改質SBRにおけるビニル結合量を示唆するものではないこと、先願明細書には、〔配合1〕(比較例)のゴム組成物(未改質SBRを用いる。)において、ビニル結合量を36%とすることが記載されているが、ビニル結合量を10~50重量%の範囲で調製することにより得られる効果については何も記載されておらず、40%以上の未改質ゴム組成物のブローアウト温度を予測することは不可能であることなどを理由として、審決の上記認定、判断の誤りを主張するが、上記(1)に説示したところに照らして採用できない。

(3)  以上のとおりであって、取消事由2は理由がない。

5  取消事由3について

(1)  先願明細書には、「本発明で用いるSBRは、予め伸展油を含有させた、いわゆる油展のエラストマーとして用いることもできる。」(甲第3号証3頁右上欄13行ないし15行)と記載されていることが認められ、先願明細書に記載されたアロマ系オイルは、本願発明で好ましい伸展油とされる芳香族油の範疇に属するものであること、先願明細書の第1表には、改質SBR100部に対して、アロマ系オイル60部とナフテン系オイル20部を配合した態様が開示されていることは、当事者間に争いがない。

ところで、SBRに伸展油を配合するとSBRの物性(粘性、弾性等)が変化することは技術的に明らかであって、先願発明においても、動的粘弾性特性を得るために、伸展油が、上記配合量を含む所定の範囲内で、適宜、配合されるものであると解するのが相当である。

一方、本願明細書中の「高いヒステリシスロスを得るため、該ゴム組成物は、ゴム成分中の油を除いたゴム分100重量部に対し、伸展油を50~200重量部配合することを規定する。200重量部を超えると、破壊強度、耐摩耗性が劣り、特に60~170重量部の範囲の配合量が好ましい。」(甲第2号証の2第4欄16行ないし20行)との記載によれば、本願発明においては、優れたグリップ性、即ち、それを担う高いヒステリシスロス特性を得るため、50~200重量部の伸展油が配合されるものであると認められる。

そうすると、本願発明における伸展油の配合目的及び配合量は、先願発明における伸展油の配合目的及び配合量と同じであるということができる。

したがって、審決が、「本願発明で「ゴム分100重量部に対し伸展油50~200重量部の範囲内で配合する」と限定した点で先願明細書記載の発明と別異の発明を構成すると認めることはできない。」(甲第1号証9頁2行ないし5行)とした認定、判断に誤りはない。

(2)  原告は、本願発明のSBRは、スチレン量、ビニル結合量及び伸展油配合量が相互に関連して、大きなヒステリシスロスを維持し、かつ、ヒステリシスロスの低下を抑制しながら、プローアウト温度の向上を図るという特性が発現するものであるから、伸展油配合量のみを取り出して、本願発明と先願明細書記載の発明との異同を論ずることは、当業者の常識を超えるものであって失当である旨主張するが、審決は、スチレン量やビニル結合量についても検討を加えており、また、本願発明及び先願発明における伸展油の配合目的は上記(1)に認定の点で共通しているのであるから、審決の判断手法に誤りはなく、上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであって、取消事由3は理由がない。

6  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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